大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

広島地方裁判所 昭和54年(ワ)821号 判決 1980年7月31日

原告 西村秋光

右訴訟代理人弁護士 中村節治

被告 柴崎盛光

右訴訟代理人弁護士 恵木尚

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、別紙物件目録(二)記載の物件を撤去せよ。

2  被告は、原告に対し、金五〇万円およびこれに対する昭和五四年九月八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、別紙物件目録(一)の(1)記載の土地と同地上に存する同目録(2)記載の建物(以下本件(1)、(2)の土地、建物という。)を所有し、そこに家族四名で居住している。

2  被告は右(1)の土地の西隣に存する同目録(3)記載の土地(以下本件(3)の土地という。)を所有している。

3  被告は、昭和五四年七月一〇日ころから同年八月下旬にかけて新しく本件(3)の土地上に別紙物件目録(二)記載の墓石、霊碑、墓地外壁(以下本件墓石等という。)を設置し、いわゆる墓地を構築した。

4  しかして、右墓地は、原告所有の本件(1)の土地から最短距離にして約一メートルしか離れていない場所に構築されているところ、墓地、埋葬等に関する法律(以下法という。)一〇条一項、同法施行細則(昭和五四年四月一日規則第二一号―以下施行細則という。)二条、別表一の1によれば、墓地経営の許可基準は人家等から一〇〇メートル離れていることを要するとされているので、右墓石等の設置は明らかにこれに違反し違法、不当なものである。

5  そこで原告は、被告に対し、当初から異議を申出で、さらには人権擁護委員、海田保健所、蒲刈町役場係員を通じて墓地設定を取りやめるよう働きかけたが、被告はこれに応ぜず、また右墓地構築中海田保健所長から被告に対し、文書をもって本件墓地の設置は法の基準に違反するので、これを中止するよう勧告したにもかかわらず、被告は、右勧告をも無視して前記のとおり墓地構築を強行したものである。

6  原告は、被告のなした右不法行為により、居住環境を害され、人格権を侵害され、多大の精神的苦痛を受けているのみならず、原告所有の本件(1)、(2)の土地、建物の財産的価値が減少し、所有権が侵害された。

7  よって、原告は被告に対し、所有権、環境権、人格権にもとづき、本件墓石等の撤去を求め、精神的苦痛に対する損害賠償として金五〇万円の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実中、所有の点は不知、その余は認める。

2  同2および3の事実は認める。

3  同4および5の事実中、本件墓石等が境界から約一メートル離れた場所に設置されていること、海田保健所長から原告主張のような文書による勧告があったことは認めるが、その余は争う。

三  被告の主張

1  本法一〇条の対象となる墓地とは、その文言解釈、法第三章全体の構成、個人墓地建設の実情からいって、事業として墓地経営を営む場合の墓地であり、本件のように一個人が自己所有の土地の一部に自家の墳墓を設け、これを墓地として使用する場合(以下個人墓地という。)には同条の適用はないと解すべきである。

2  かりに、その適用があるとしても本法は、個人の宗教的感情を具体的に保護し、当該個人からその違反者に対して差止あるいは妨害の排除を求める権利まで認めたものではない。

3  また、かりに被告の本件墓地設置行為が権利の濫用になるとしても、いまだ原告の環境権、人格権、所有権が受忍限度を超えて侵害されたと認めるに足る事実は存在しない。すなわち、本件墓地のすぐ隣りに松浦家の墓地が存在していること、および、原告が設置し管理する墓地も人家から三、四〇メートルの場所に設置されていること等を考慮すれば、被告のなした本件墓地の構築は社会通念上許される行為である。

四  被告の主張に対する反論

1  被告の主張1の事実は争う。

法一条の趣旨および行政庁の解釈からすると、法一〇条には、個人墓地もその対象に含んでいるのである。

2  同2の事実は争う。

法に違反していることのみを理由とする差止は許されないとしても、所有権等にもとづく差止の要否の判断につき、法一〇条違反を理由として同法一九条により、知事より当該墓地等の使用禁止命令が発せられる可能性があることは十分に考慮されるべきである。

3  原告の主張する本件墓地の隣にある松浦家の施設は石碑のようなものであって墓地とはいえないし、また原告所有の墓地は人家から見えないところに設けてあり、人家に接してあるものとは異る。

第三証拠《省略》

理由

一  本件(1)、(2)の土地、建物に原告ら家族四人が居住していること、本件(3)の土地が被告の所有であり、同土地上に被告が昭和五四年七月一〇日ころから同年八月下旬にかけて本件墓石等を設置していわゆる墓地を構築したこと、右墓地の設置された場所は原告らの居住している右(1)の土地から最短距離にして約一メートルしか離れていないこと、右墓地の構築中、海田保健所長から被告に対し、これを中止するよう文書による勧告がなされたことはいずれも当事者間に争いがなく、また、《証拠省略》によれば、本件右(1)、(2)の土地、建物がいずれも原告の所有であることを認めることができ、これに反する証拠はない。

二  原告は、被告のなした本件墓地設置行為は、法一〇条、施行細則二条、別表一の1に違反し、違法・不当な行為であると主張しているのに対し、被告は、法一〇条の対象としている墓地には、被告が設置した本件墓地のような個人墓地は含まれないと反論し、右法条の解釈をめぐり直向から対立しているので、先ずこの点について判断する。

1  《証拠省略》を総合すれば、

(一)  被告の設置した本件墓地は、被告及び被告の家族らのためにのみ使用する、いわゆる個人墓地であること。

(二)  広島県環境保健部長は、同県海田保健所長からの照会に対し、昭和五四年八月三〇日付で、同保健所長宛、「法一〇条の許可は、個人墓地(すなわち一世帯が墳墓を設け、自己が葬祭すべき焼骨を収めているもの)にも適用がある。参考として、昭和二七年一〇月七日付、衛環第八八号(厚生省環境衛生課長から長野県衛生部長宛回答)、および同年一〇月二五日衛発第一〇二五号(同省公衆衛生局長から京都府知事宛回答)、がある。」旨回答していること。

(三)  右回答を根拠として、広島県海田保健所長は、広島弁護士会長からの照会に対し、昭和五五年三月三一日付で、法一〇条の解釈につき右と同趣旨の回答をしていること。

を、それぞれ認めることができ、右認定に反する証拠はない。

3  そこで、行政当局が法一〇条につき右のような解釈を示している理由につき検討してみるに、

(一)  右回答は、法一条が「公衆衛生その他公共の福祉の見地から支障なく行われることを法の目的としている。」旨規定していることから、この趣旨の広く徹底されることが、行政目的に沿う所以であると考えられてなされていること。

(二)  そのためには、いわゆる個人墓地の設置を各人の自由に委ねてしまうと公衆衛生その他公共の福祉を害することとなる場合があることに鑑み、その設置に対しても、法一〇条一項の「経営」という文言にとらわれることなく、一律に同条項の適用を及ぼす必要が生じたこと。

にあると考えられる。

4  しかしながら、一方《証拠省略》を総合すると、

(一)  本件墓地の存する蒲刈町は瀬戸内海に浮ぶ小島であり、平地が少ないため、人家に隣接して墓地が設置されているところが多く、且つそのような環境下で現に生活が営まれていること。

(二)  そして現に、原告の居住する本件(1)の土地の南東側に隣接している訴外松浦某所有の土地には同家の墓地が存在していること。

(三)  また、本土の呉市内においても、人家に隣接した墓地が見受けられ、右のように人家に接した墓地が、すべて知事の設置許可を受けているとはいえないこと。

(四)  原告所有の墓地も、人家から三、四〇メートルくらいしか離れていないところにあり、また五六年前に自家用の墓地を移動しているが、それに関して法一〇条二項の知事の許可を得ていないこと。

の各事実を認めることができ右認定に反する証拠はないところ、以上の事実によれば法一〇条及び同法施行細則がいわゆる個人墓地にも適用があるとしても、その運用が十分はかられているかどうか疑問であるといわねばならない。

5  さらに、法一条は、その前段において国民の宗教的感情に適合することも合せて本法の目的としているのであるから、行政の便宜上いたずらに公衆衛生その他公共の福祉の見地のみを強調することは行きすぎである。したがって、本条項の適用如何については、右両者の調和ある見地に立っての具体的妥当な解釈の下に決定されなければならないはずである。ちなみに、現在における国民の宗教的感情としては、自己所有地内の一部に自家用の墓地を設置する場合にまで、知事の許可を必要とするとの意識は未だ徹底しておらず、むしろ、個人墓地の場合、公権力の介入から自由でありたいとするのが一般感情であると認めるのが社会通念上相当であるから、本条項が個人墓地についても適用があると解することは疑問がある。

6  また法一〇条一項には、「墓地……を経営しようとする者」は知事の許可を受けなければならない旨規定されているところ、一般に「経営」とは事業を営むことを意味し、その文理解釈からすると、通常用いられる「設置」ということばではなく「経営」ということばがあえて使用されている点からみて、本条項は、事業として営む墓地をその対象としており、いわゆる個人墓地はその対象に含まれないと考えるのが素直な解釈方法である。

7  次に、法第三章全体の構成からみても、同章内に規定されている一〇条は事業として営む墓地をその対象としているにすぎないものと解するのが相当である。けだし、(イ)法一二条が管理者の設置、市町村長への届出を義務付けていること、(ロ)法一三条が墓地管理者に埋葬・埋蔵の応諾義務を認めていること、(ハ)法一五条が墓地管理者に図面だけでなく帳簿、書類の備えつけまで義務付けていること、(ニ)法一七条が墓地管理者に毎月五日までに、その前月中の埋葬状況の報告義務を定めていることなどは、いずれも個人が自家用に墓地を設置する場合には想定することが困難な規定であるからである。

8  そして、法二〇条は罰則を設け、その一号において一〇条違反の行為者に対し、六月以下の懲役又は五、〇〇〇円以下(罰金等臨時措置法四条により八、〇〇〇円以下)の罰金に処する旨定めていることからいって、一〇条一項は、二〇条一号との関係では、刑罰法規でありまさに犯罪構成要件を定めた規定に該当することになる。してみると、一〇条一項の「墓地……を経営する者」の中に個人墓地の設置をなした者も含まれるか否かの判断はあいまいであってはならず、厳格になされる必要があるところ、その文理解釈よりすると、「事業として墓地を営む者」を指すものと解するのが相当である。けだし、個人墓地の設置も含まれるとすることは刑罰規定の本来の趣旨を超えて解釈によりその範囲を拡大することとなり、いわゆる類推又は拡大解釈であって、罪刑法定主義の精神に明らかに反するものといわざるを得ないからである。

9  また「墓地……の経営」の中に個人墓地の設置も含まれるとすることは、すでに明確な基準が読みとれる刑罰法規をいたずらにあいまい不明確なものとすることとなり、刑罰法規が通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為からの適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるものでなければならないとするいわゆる刑罰法規の明確性の原則(憲法三一条)にも反するものといえる。

10  以上の罪刑法定主義、刑罰法規の明確性の原則は、いずれも刑罰法規の適用を受ける国民に対して刑罰の対象となる行為をあらかじめ告知する機能を果すもので、刑罰法規の解釈が法を適用する国又は地方公共団体の機関の主観的判断に委ねられて恣意に流れることがあってはならないことから認められたものである。

11  このようにみてくると、法一〇条一項は、本件のような個人墓地はその対象としていないものといわざるを得ず、従って、前記昭和二七年一〇月七日衛環第八八号および昭和二七年一〇月二五日衛発第一〇二五号の二つの回答、並びに右二つの回答を参考とした昭和五四年八月三〇日付広島県環境衛生部長から広島県海田保健所長宛の回答書および昭和五四年七月二七日付広島県海田保健所長より被告宛書面は、いずれも法一〇条一項の解釈を誤ったもので違法、無効なものといわざるを得ない。してみると被告のなした本件墓地設置行為はなんら法に触れないものであり、自己所有地内における適法な権利行使と言わなくてはならない。

三  以上の説明によれば、被告の本件墓地設置行為が違法、不当なもので不法行為に該当することを理由とする原告の本訴請求部分(損害賠償を求める部分)は、その余の点につき判断するまでもなく、理由がないことになるから、棄却を免れない。

四  そこで、原告の土地所有権、人格権、環境権に基づく妨害排除(すなわち本件墓地の撤去)請求部分について検討するに

《証拠省略》を総合すると、原告ら家族は、被告が本件墓地を設置したことにより淋しい気持になったことが認められ、また原告所有の本件(1)、(2)の土地・家屋の居住環境が、右墓地の設置により夜間等は気味が悪いため多少悪くなったことを肯認できないことはないが、前説明のように右設置行為が違法とは言えないこと、および前認定の各事実関係に照らすと、原告の受けている被害は極めて軽微であって、受忍限度を超えているものとは到底認められないから、原告は右各権利に基づき、被告に対して、本件墓地の撤去を求めることはできないものと言わねばならない。

五  よって、原告の本訴請求はいずれも失当としてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 植杉豊)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例